演目図鑑WEB版「HITOTSU」[前編]

6月9日よりツアーが始まった、鼓童特別公演2018『道』。
「大太鼓」「モノクローム」「三宅」などの鼓童の古典とも言える曲から、出演者による新作まで、幅広いラインナップとなっていますが、その中でも90年代に作られた曲が異彩を放っています。

機関誌『鼓童』でおなじみのコーナー「演目図鑑」のWEB版として、22年ぶりに演奏される「HITOTSU」をとりあげてご紹介いたします。

[演目データ]

  • タイトル:HITOTSU(ひとつ)
  • 作曲:狩野泰一(1992年)
  • 使用楽器:ソーナ、ラグドゥーン(チベットホルン)、ベル、チャイナシンバル、うちわ太鼓、桶太鼓、クンプール、声、平胴大太鼓 など
  • 舞台での演奏歴
    初演:1993年・Gathering公演(東京・オーチャードホール)
    再演:1996年・EC’96「草苅神社能舞台公演」(佐渡・草苅神社)
  • CD『回帰』に収録

船橋裕一郎(演出担当)と狩野泰一(作曲者)が語る
「HITOTSU」の魅力、そして難しさ

聞き手:坂本実紀/構成:本間康子(機関誌編集部)

【「HITOTSU」を「道」公演の演目に選んだ理由は?】

(船橋裕一郎:以下船橋)もともと、ちょっと混とんとした、空間がゆがむような場面なんかがすごく好きで。

僕は、比較的何事もなく大きな挫折がなく、環境が悪かったということもなく育ってきたので、その反面、読む本や観る映画とかは若干癖がつよいものを好むところがあって。
旅先でも、神社や寺に行くのが好きなんですけど、その周りにある猥雑な場所にも引かれるんです。
実際に、かつて遊郭のあった場所など、吉原とかも寺社仏閣の近くにあるじゃないですか。何か「猥雑なところと聖なるところのゆがみ」みたいなものが好きで、そういう世界観を作ってみたいなって。

太鼓は、どれも全部違って、同じ音や響きにはならないんです。それを一つに合わせて気持ちよくする、違うけど認め合って一つになっていくというのは太鼓の魅力でもある。
混沌とした世界だけど、何かみんなが幸せを信じてじゃないけど、一つに向かっていくような世界観を、CD『回帰』で「HITOTSU」を聴いていて感じるんです。

HITOTSU」は鼓童の中でも「これ、鼓童の曲かな」と思ったりするくらい違和感のある曲。いい意味で鼓童っぽくなくて面白い。すごくいい曲だし壮大な曲だなぁと、惹きつけられました。

1993年7月・Gathering公演(東京・オーチャードホール)撮影:岡部好  前列両端で吹いているのがラグドゥーン(チベットホルン)、右端はクンプール(インドネシアのガムラン音楽で使われる楽器)

1996年8月・EC’96(草苅神社能舞台公演)撮影:吉田励

【ダブルリード楽器について】

(船橋)この曲を選んだもう一つの理由に、リード楽器を使いたいというのがありました。

リード楽器は鼓童ではあまり使わないので、篳篥(ひちりき)とか笙(しょう)などを取り入れると面白いかなと考えていたんですが、一昨年、韓国でチャンゴ奏者のキム・ドクスさんと共演した時に、「鼓童はなんでチャルメラ使わないんだ」って言われていたんですよね。

キム・ドクス(金徳洙)氏:1978年に韓国の4種の打楽器によるアンサンブルグループ「サムルノリ」を結成。鼓童とは1989年のECでの初共演以来、1990年(東京)、2000年(佐渡・東京)、2016年(韓国)と共演を重ねている。

確かにチャルメラって音の印象が強くて面白い楽器でもあるし、鼓童でもやってみたいなと思ったら、(HITOTSUで)使っていると。

【日本では耳慣れないダブルリード楽器「ソーナ」とは?】

(狩野泰一:以下狩野)日本人はダブルリードの音があまり好きじゃなかったのか、伝わっても定着しなかった。雅楽の篳篥(ひちりき)と、あとは屋台の夜鳴きそばのチャルメラぐらいで。

この強烈な音を出す楽器は、韓国ではピリ、中国ではソーナと呼ばれていて、北部と南部でも大きさや音程が違う。形が長いと低い音になり、短いと高い音に、ラッパの部分が大きくなると音が大きくなる。

アジアはもちろん、インドや中東、ヨーロッパでも、名前や形に差はあれど、世界中にあって、音はそんなに変わらないんです。それこそシルクロードの西から東まで伝わって、日本にはポルトガルやスペインの商人が長崎などに持ち込んだ楽器が、チャルメラと呼ばれるようになったけれど、実際にラーメンの屋台で吹かれていたのは、中国のソーナだったらしい。

参考:西岡信雄著『人と神と音 楽器をフィールドワークする』

野外でドカドカ太鼓を叩いてる中でも負けない大きな音が出せるから、メインになれる大事なメロディ楽器なんです。日本ではそういう音に出会わないから、中国でソーナの音を聞いた時はびっくりしました。「なんじゃこりゃ!」って。

自分がいた頃、鼓童はまったく音響を使わなかったので、何千人のホールでたくさんの太鼓が鳴っている中、篠笛一本でマイク無しに聞かせなければならなかった。だから、「この楽器で曲を作りたい!」って思ったんです。

【そもそもダブルリードって?】

(船橋)簡単に言ってしまえば、葦の丸いのを、つぶして金属で巻いているだけなんです。ストローをこれくらいの大きさにちょっと切って、先をちょんちょんって潰してビーって吹くイメージですね。
でもこれが命なんです。これが鳴るかどうか。

(狩野)葦のリードを慎重に削って削って、火でちょっと炙ったりして、うまく振動するように作るのにものすごく時間がかかるんです。リードが上手にできた時だけいい音が出るんだけど、乾燥しすぎると開いちゃって音が出なくなっちゃうし、逆に湿りすぎるとペタッてくっついて音が出なくなっちゃうんですよ。

シングルリード(サックスとかクラリネットなど)と違って、ソーナみたいなダブルリード(オーボエ、ファゴット、篳篥など)は特にそこがめちゃくちゃ大変。いいリードができたと思ったら、ピリッと破けたりしてすぐに使えなくなったり。

とても繊細だから、ソーナを使う時はすぐ使える調子いいリードを何枚も用意しておかなければならない。でも、質のいいリードはなかなか手に入らないんだ。だから、この楽曲を作る時に世界中を歩いて中国やロンドンの専門店なんかで僕が買い集めた本当に質のいいリードを、今回全部鼓童に持って行ったんだよ。中国で探し求めたいろんな種類のソーナ、ネパールから持ち帰ったラグドゥーン(チベットホルン)と一緒にね。

【演者を悩ませるダブルリード楽器の難しさとは?】

1993年Gathering公演(東京・オーチャードホール)緋毛氈の右端でソーナを吹く狩野泰一さん[撮影:坂口正光]

(狩野)実際やってみて、難しいと思う。特に音程のコントロールが難しい楽器なんですよ。定まりにくい音程を、無理やり作り上げなければいけないようなところがあって。

レコーディングの時は、自分の音と周りの音を、ヘッドフォンでバランスを取って聞きながら吹けるけど、舞台だと周りの太鼓の音が大きくなるとベースのクンプールが聞こえなくなっちゃうんです。自分の音も大き過ぎて、音程がよく分からなくなってくる。本当に大変だから、もうダブルリード楽器だけはやりたくない(笑)。

私は鼓童時代、笛、津軽三味線、尺八、和太鼓をやっていたので結構舞台に出っぱなしで、オーチャードホール(1993年「ギャザリング」公演)で「HITOTSU」をやった時も、直前の演目にも出演していたんです。で、いざソーナを吹こうと思ったら、舞台袖に置いといたソーナのリードが乾燥してしまって。

もちろんそれを懸念していたし、リハーサルではちゃんと吹けたんだけど、本番は照明もあるし、温度、湿度も変わっていて…で、一生懸命舐めて、一生懸命吹いたけど思う音が出せないという、悔しい思いをしました。

だから、次の日は教訓を生かして、リードが乾燥しないようにビニール袋を被せておいたの。そしたら今度は湿りすぎちゃって。張り付いちゃって音がでない。僕にとってはダブルリードは悪夢の思い出(笑)。

だから今回「HITOTSU」をみんながやってくれるのはすごく嬉しい。最大限の協力をするから、僕が失敗したことを踏み台にして、完成して欲しいんだ! 長い歴史を経て世界各地に伝播した、太鼓、シンバル、ダブルリード、ラッパが膨張し、炸裂してHITOTSUになるアイデアはいいと信じているから。

【元鼓童メンバーの曲を今のメンバーで演奏してみて】

(船橋)泰一さんの曲を使いたいと言ったら、すごく喜んでくれました。

(狩野)「HITOTSU」を鼓童の後輩達がやってくれるなんて、思いもよらなかったからね。

狩野さんが持っているのが「ソーナ」。そして船橋が持っているCD『回帰』に「HITOTSU」が収録されている。

(船橋)鼓童を離れても、思いを持ってくださる人や関わってくれる方がいるのはすごく貴重なことなので。鼓童があり続けるのは、やっぱり色々な人が関わっていただいて、お互いによろこびや楽しみを分かち合えると。
曲を通して恩返しじゃないですけど、またこうして直接に教えをいただける関係ができるのは嬉しいです。

(後編に続く)

 

CD『回帰』は鼓童オンラインストアでご購入いただけます。

 

鼓童特別公演2018「道」全国ツアー

 

公演スケジュール

「道」稽古場より②/吉田航大

Photo: Erika Ueda

1月の佐渡は何度も寒波に見舞われ、時折晴れたかと思うとまた鉛色の空を見せる。見ていると、こちらの気も沈んでしまいそうな。しかし、鼓童村の稽古場からは活気に溢れた太鼓の音が聞こえて来る。

Photo: Erika Ueda

1月4日の若手寒稽古から始まり、今年の新作稽古、そして今春に全国を回る『道』公演の作り込みの稽古だ。今年で3回目を迎えるこの「道」公演。1回目は山口幹文、2回目は石塚充、そして3回目である今回は船橋裕一郎の演出でお届けする。

毎回その演出家の特徴が出る舞台となっているが、根っこの部分は同じ。前身の「佐渡の國 鬼太鼓座」時代から受け継いできた魂を次の世代へとつなげ、再創造を図る。これは鼓童の活動そのものと言える。

Photo: Erika Ueda

今回、代表の裕一郎さん演出のもと始動した「道」初稽古。顔合わせに集まった顔ぶれは若手が多いものの、やはりベテランの存在感は大きい。どこか緊張感のある顔合わせだった。

私は1日だけ見稽古させていただいた。新曲の稽古だった。

Photo: Erika Ueda

ホワイトボードの前に立ち、稽古を進めていたのはメンバー3年目、池永レオ遼太郎。今回の演出補佐を務め、この新曲の作曲者でもある。頭脳明晰で、音楽的にもメンバーを導いてくれる。

遼太郎さんと私は研修生の先輩、後輩(私)の関係。研修生の時から作曲や演出などするのが得意で、私も彼の作る曲が好きだった。そして芸術に対して誰よりも熱い情熱を抱いている。

しかし今回、自分の曲を「道」という作品に載せるのは簡単なことではないと彼は言う。それでも遼太郎さんが作る音楽が自然と裕一郎さんの思う「道」に乗っかっていくような、そんな気がしているのは私だけだろうか。これからどのような曲ができ、作品が仕上がってくるのか楽しみだ。

Photo: Erika Ueda

先代が踏み固めてきた道は固くて歩きやすい。それに比べて新しい道を作るというのはとても酷で時間がかかる。だが、一度できた道はいつ通っても通りやすくて安心する。そしてまた新しい道を作ろうとする。どんなに辛い道作りであっても、いつでも帰れる道がある。

Photo: Erika Ueda2018年「道」、乞うご期待ください。

【浅草公演、チケット発売開始しました!!】

2018.06.20(水) 〜2018.06.24(日) 東京都台東区 台東区立浅草公会堂

鼓童特別公演2018「道」全国ツアー

「道」稽古場より①/池永レオ遼太郎

「道」稽古場より①/池永レオ遼太郎

Photo: Erika Ueda

1月。
6月の「道」公演に向けて、最初の顔合わせ稽古が行われました。

Photo: Erika Ueda

60代から20代まで。黎明期れいめいきより鼓童の根幹を作り上げてきた大先輩方。それを継承し発展させてきた先輩方。そして、これからの鼓童を担う我々若者達。3世代が作り上げる、新たな「道」です。

Photo: Erika Ueda

先輩方の一挙一動全てに自分たちの至らなさを痛感する毎日です。
たたずまい。音。稽古に取り組む姿勢。只々、圧倒されるばかりです。

Photo: Erika Ueda

我々若手は全力で喰らい付き、少しでも多く吸収し、より良い舞台を皆さまにお届けできる様、精進して参ります。

Photo: Erika Ueda

余談ではございますが、今回私は演出補佐として作品作りに関わらせて頂いています。新たな表現や曲などにも積極的に取り組んで参ります。

Photo: Erika Ueda

Photo: Erika Ueda

血湧き肉躍る。
まだまだ先ではございますが、「道」公演、乞うご期待くださいませ。

鼓童特別公演2018「道」

公演予定地:北海道、岩手、宮城、山形、福島、茨城、栃木、群馬、東京、愛知、京都

【東京・浅草公演】2018年2月3日(土)チケット発売!

鼓童特別公演2018「道」全国ツアー