『魚影』作曲 中込健太/「ミチカケ」楽曲紹介01

「ミチカケ」楽曲紹介♬ 01『魚影』作曲 中込健太

月の満ち欠けと潮の満ち引きをいちばん感じる、それは魚を釣っているときだった。海の中には宇宙にも通じる世界があると思う。音が物語るミチカケの世界観に、肉体が見えてくるような演目になるようにバチの軌道や、体を使わないと打てないフレーズを散りばめた。次世代のパワーヒッターに捧ぐ。Photo: Takashi Okamoto

「ミチカケ」公演会場でお待ちしております!

曲紹介は鼓童機関誌 2023 春号/演目図鑑「ミチカケ」より。
📸Takashi Okamoto

「鼓童ワン・アース・ツアー2023〜ミチカケ」日本ツアー

深化する鼓童 “入破”を期待して 原田敬子(作曲家)

鼓童の代表的演目《モノクローム》、《モノプリズム》(石井眞木作曲)は、2026年に初演50周年を迎えます。そして鼓童は創立45周年。この節目となる機会に作曲家の原田敬子さんからメッセージをいただきました。

photo: 岡本隆史

個々の才能が煌めくエネルギッシュな舞台、さわやかな汗、満面の笑顔、客席への語りかけ、喜びと興奮、そして喝采。ああ、これが長年愛され、世界中のファンを魅了してきた鼓童さん(以下敬称略)の魅力なのだろうと、近年の国内ツアーを見て感じる。それは、私が新曲《鬼》を書き下ろして鼓童と初めて協働した、 NOISM × 鼓童《鬼》(2020-22年 (公財)新潟市芸術文化振興財団委嘱、金森穣氏による振付演出)の舞台とは全く違う、鼓童本来の楽しい舞台なのだが、実は気づいた事がある。《鬼》の直後に制作された新作以来、何か、新鮮かつ異なる深化もしているようなのだ。それは響きや音楽の“間”など、ディテールに聴きとれる。鼓童ファンの皆さんも感じているだろうか。

Noism × Kodo 《Oni》(2024年)
Photo by Yuichi Kayano

本稿では、2026年の国内ツアーで再演される、石井眞木(1936-2003)作曲《モノクローム》(1976年作曲、世界初演 ベルリン)の魅力、同じく再演される筆者の作品《鬼》、そして鼓童への期待などについてお伝えしたい。

さて、鼓童の前身である「佐渡の國 鬼太鼓座」が《モノクローム》(1976)を初演して50年。今の鼓童にとって、この曲はどのように映るのだろう。筆者は作曲者の石井氏に思いを巡らせる。1970年代の半ば、日本の作曲界は高度成長期と共に活発だった。石井氏はドイツと日本を行き来し、欧州で流行した「前衛」を日本に伝える重要な一人だったが、石井氏自身は、いわゆる西洋の前衛とは異なる、原始的な素直さのような何か、そう、“自然現象に近いような作風”を持つ、豪快で異色の作曲家。7名で演奏する《モノクローム》には、その石井氏が50年以上前に鼓童の前身である「鬼太鼓座」に出会って感じた事が、凝縮されているように思えてならない野心作にして快作。ところで当時、「鬼太鼓座」のために作曲されたオリジナル音楽は無かった。それもそのはず、和太鼓をメインとする、地元の民俗芸能継承としてではない新たな方向を目指した団体なのだから。その頃、大雑把に言えば、日に20キロを走り身体を鍛え、とにかく大きな音で太鼓を連打する集団だったそうだ。

《輝夜姫》のリハーサル、奥が石井眞木氏(1983年)

それが、この作品では、殆ど聴こえないような音を、独奏で、締め太鼓の速打ちにより開始、その後、残りの6名が徐々に、全く同じリズム(ユニゾン)の速打ちで重なっていく。そして7名が揃った後に30秒弱かけてフォルテッシシモfffまで徐々に強くなる。ここに石井氏の美学と挑戦を感じる。石井氏のHPによると「石井は、彼らにとって全く新しい打法を考案し、その新打法が、彼らの<血となり肉となる>までの訓練を要求し実践した。当初の訓練は、いわゆるスパルタ的な厳しいものだった。(中略)まるで仏教の求道者の<行>に近いものであった。この成果は、(中略)信じられないような、演奏の異常な<正確さと力動感>を獲得することになる。(中略)」

《Oni》の稽古風景、右奥が原田氏(2021年)

ここで、筆者が鼓童に作曲した《鬼》の制作プロセスを思い出した。作曲家 石井氏は、鼓童に特別な訓練を要求したが、その約45年後、筆者の新曲《鬼》の練習に際して、鼓童の演奏メンバー自らが、《鬼》のために“エチュード”なるものを考案し、毎回のリハーサル前に行っていたのだ。理由を尋ねると「こういう曲は初めてなので。音を出す直前の集中を高めるために」旨、初演時のリーダーが冷静に答えた。筆者は感銘を受けた。なぜなら、筆者の音楽の最大の特徴の一つは「予兆」だから、その音を発する直前までの、身体内部のエネルギーのコントロールが極めて大切。鼓童は、初めて協働する作曲家(筆者)の音楽の特徴を、真摯さ、繊細さ、そして直観力で、既につかんでいたのだ。実は筆者が、《鬼》の作曲以前に佐渡の鼓童村を訪ね、目の前で演奏を聴いた時に「これは凄い可能性を持った団体。でもポテンシャルの2割くらいしか使っていないのでは」と感じていた。そして、振付演出の金森氏が「これまでの鼓童さんとは違う何かを聴きたい」と言った。筆者は、’90年代半ばから「何か新しい挑戦をするには、先ず音楽の媒体(演奏家自身)の内部が変わることが必要だ。そうでなければ表面的な音の面白さや技術の披露になりがちで、真の新鮮さが聴き手に届くことは無い」という考えで作曲してきた。それで《鬼》では、鼓童の身体の内部を変えてしまうような、そんな音楽を作りたいと思った。完成の数ヶ月後には、筆者の期待をはるかに上回る演奏に仕上がってきており、《鬼》は作曲者の手を離れ、鼓童の内部に彼らなりの方法で宿った、という感じがしたのだ。こんな嬉しいことは、作曲家の人生でそう頻繁に起こることではない。

《入破》初演時のリハーサル、右端が石井眞木氏(1981年ケルン)
Photo: 富田和明

あっという間に本稿のむすびになるが、前述の石井氏は1981年、鼓童結成時の祝いに作品《入破》を贈り、HPの楽曲解説に次のように書いている

入破は<新しい領域>に入ることを意味し、また「雅楽」では一種の<変化の形式>を表している。(中略)新生「鼓童」を祝い、新たな飛翔を希って、それまでに書いた「モノクローム」、「モノプリズム」とは異なる<太鼓の世界>を現出させようと意図した。

《モノクローム》photo:岡本隆史

筆者は、あの日《鬼》“エチュード”の誕生を目撃し、石井氏の思いが、現在の鼓童に継承されていると感じた。いま現在、鼓童の演奏技術は高度に洗練され、例えばヤニス・クセナキスの打楽器曲だって暗譜で演奏できるだろう。しかし筆者は、輝かしい演奏技術を披露するだけの音楽ではなく、今の鼓童の音楽的な身体が、更に深化するような音楽を作ってみたいと思う。歴代の作曲家たちは、同時代を生きる素晴らしい演奏家との出会いによって刺激を受け、良質の音楽を創造するモチベーションを得てきた。目下、AIの時代に入って音楽も随分と変化した。それでも、自らの身体の内部―それは有限で常に変化する―を繊細に感じとり、自らと他者を同時に聴きとることのできる、生身の人間の心によって打ちだされる響きは、AIには真似できないと思う。そして願わくば100年後にも新鮮に響くような音楽を作ってみたいと思う。今後も続く鼓童の深化と“入破”を期待しつつ。

2025年11月16日 東京にて

 

原田敬子
作曲家。「演奏家の演奏に際する内的状況」に着目し、独自の作曲語法を探求している。
2012年に研究活動をベースとした創作を開始、日本の地域で育まれた楽器や声のフィールドワークをベースに地域独特の音文化を、新たな響きと身体表現により発信するプロジェクト「伝統の身体・ 創造の呼吸」で、鹿児島伝統の薩摩琵琶にとって約130年ぶりとなる新曲を継承者と共作し初演した。
異分野との創作活動も多く、第9回シアター・オリンピックス委嘱作曲家として、舞踊振付家の金森穣氏と新作を発表。2022年には金森氏が芸術総監督を務める舞踊団Noismと鼓童の共演作品《鬼》を作曲。
これまでに日本音楽コンクール第1位、芥川作曲賞、中島健蔵音楽賞、尾高賞、輝く女性賞ほか受賞。現在、東京音楽大学(作曲芸術)教授、鹿児島大学客員教授、同大学国際島嶼教育研究センター客員研究員。
公式サイト: https://www.tokyo-concerts.co.jp/artists/keiko-harada/

 

[特集・ミチカケ]鼓童の新衣裳が誕生するまで

鼓童の新衣裳が誕生するまで

文・坂本実紀(ライター)

太鼓打ちの腕を浮かび上がらせ、多様な見せ方でミチカケの世界観を広げた新衣裳。

今回は、鼓童代表で衣裳を依頼した船橋裕一郎と、新衣裳を手掛けた堂本教子さんのお二人に、衣裳の誕生秘話をお聞きしました。 

鼓童の印象と依頼の成り行き

―船橋さんが新衣裳を堂本さんに依頼したきっかけを教えてください。

船橋主たる衣裳は半纏としながら「半纏ではない衣裳も作っていきたい」と思っていました。

ある時、Noismさんの舞台を鑑賞した時に金森さんに堂本さんを紹介していただけたんです。

―堂本さんは依頼を受けた時どう思われましたか?

堂本さん:依頼を受けてぱっと頭に浮かんだのが、月見寺とも呼ばれる本行寺にあった石碑にかかれている「ほつと月がある東京に来てゐる」という、種田山頭火の句です。

そうして、鼓童と言えばやはり太鼓。すごい運動量でダイナミックな動き方もできるほうがいいなと考えると「どこまでやったらいいんだろう」と考えながら、デザインと実用性の塩梅をみながらすすめました。

衣裳のイメージ共有

―鼓童からはどんな要望を伝えたんですか?

船橋:まずミチカケや、衣裳の色は月と海のブルーな感じということ。そして、自分の中にあったイメージもお伝えしました。

デザイン面では、鱗文様の様な強い印象や意味を与えないもの、和風でも洋風でもないフラットであまり時代性もないようなもの、男女を超えてユニセックスなもの、半纏と同じ舞台に上がってもいい汎用性のあるもの。

仕様面ではフードを取り入れ、太鼓打ちの腕が見える様にノースリーブでお願いしました。さらに片側や両側出せたり、同じ衣裳だけど、トランスフォームできるようなバリエーションのある衣裳ができると嬉しいです!と、どんどん要望をお伝えしていきました。

堂本さんは、Noismさんの様な身体性を重視するカンパニーと仕事をされているので、信頼感はすごくありました。

―イメージもさながら、使いやすさも重視した依頼だったんですね

堂本さん:最初はコンセプトから静かな、雲の間の月の満ち欠けの様な間(はざま)のような抽象的なものを考えていて、染めてぼかす手法も考えていたんです。

でも、着数が多く、機能性が高く、乾きもいい、いろいろな要望を叶えられるものが必要でした。そこで、軽量化のため、時に省くこともしながら扱いやすい衣裳を目指し、最終的にあの生地を選んだんです。

フードをつけるとちょっと重くなったり、腰にかかってしまうので、当初はフードの大きさや、裏地に銀を入れるかなども悩みながらすすめました。

和の要素を取り入れるためにも、上半身は脱げて下半身は動かない仕様を着物から取り入れています。着物はよくできてるんです。それでも、試作品時は紐が多く「片肌脱ぎ」や、「諸肌脱ぎ」ができて、かつ動けるようにするのは大変でした。

 

理想の叶った衣裳完成

船橋:堂本さんは、「衣裳が邪魔しちゃいけない」と常におっしゃってくれました。一番最初のデッサンはある意味違和感がなかったのですが「もうちょっと自由にやっちゃってください」と伝えると、次に来たものがもう「これです!」という出来上がりでした。

完成品を着てみると、みんな「格好良い!動きやすい!ストレスもない」って嬉しそうに言ってくれて手ごたえも感じました。本当に素晴らしかったです。

堂本さん:稽古や舞台も見させてもらいながら1年ほどかけてじわじわできてきましたね。

船橋:堂本さんも舞台がお好きなので、いくつか最近の鼓童の作品を見ていただきながら「こうじゃない舞台になっていきます」ということをお伝えしてたんです。

堂本さん:舞台のお声掛けもすごく嬉しかったです。衣裳の色は決まってたんですが、衣裳の裏地に翻って見える銀色には、佐渡の風が舞うイメージを込めています。

船橋:私には、裏に見える銀のイメージが全然なかった。一緒に舞台を楽しみながら最前線のプロフェッショナルの方にお任せすることで私の要望や想像している以上の素晴らしいものが出来てくるのは一番嬉しいですね。

「こういうのがあるといいかもよ」「こういう着方もあるよ」とご提案もいただけて、想像力をかきたてられ、舞台の奥行きがさらに広がり、どんどん展開していくのも面白い作業でした。この色々な制約の中で本当にここまでやっていただけて嬉しいです。

 

―理想の衣裳での舞台はどうでしたか

堂本さん:初めてミチカケを見せていただいたときは「すごく活用されているな」と思いました。特にフードは表情を消すから、影にもなる。ミチカケ、いい作品ですね。宇宙にいるような、曼荼羅の様な。

船橋:ありがとうございます。今回の様に、自然や宇宙のといった世界観の中で人間の感情的な部分を消したい場面もフードによって効果的に作用し、メンバーがその音の世界にさらに入り込むのにも役立っています。

今の鼓童はもちろん、老若男女いるうちのみんなが着られる新衣裳。ミチカケ以降も、着ていきたいです。

 

舞台・衣裳撮影: 岡本隆史

 


堂本教子プロフィール■

コンテンポラリーダンス、舞踏、演劇、歌舞伎、オペラなどの衣裳デザイン製作。1999年と 2003年には、チェコ・プラハ カドリエンナーレ国際舞台美術展出展。2000年、文化庁芸術家在外研修として、バットシェバ舞踊団の衣裳デザイナーRakefet Levy に師事。99年伊藤熹朔賞奨励賞、第36回橘秋子賞 舞台クリエイティブ賞受賞。


船橋裕一郎プロフィール■

太鼓芸能集団 鼓童 代表。考古学を専攻していた学生時代に太鼓に出会う。1998年に研修所入所。2001年よりメンバーとして舞台に参加、太鼓、鳴り物、唄などを担当する。これまでに「BURNING」などの作曲も手掛け、近年は「道」「鼓」「童」など「ワン・アース・ツアーはじめ2021年オーチャードで開催された「鼓童40周年記念公演」、2022年新作「ミチカケ」で演出を担当。また、読書やプロレス、寄席や宝塚鑑賞など様々な趣味を持つ。柔らかな口調と人情味溢れる人柄でメンバーの頼れる相談役である。2012年より副代表、2016年1月より代表に就任し、グループを率いている。

鼓童「ミチカケ」

Photo: Takashi Okamoto / Art Director: Hiroomi Hattori (COM Works)

森羅万象、煌めきの音。

近年の鼓童全体の表現を総合的に手掛ける船橋裕一郎と、舞台の要となる楽曲を次々と生み出している住吉佑太が連携し作り上げる、全曲新曲で上演予定の革新的な意欲作。

夜明けから深夜まで変わり続ける自然界のリズム「日の出日の入り」「潮の満ち引き」「月の満ち欠け」。

その長い周期感や、「数」に秘められた律動を太鼓音楽で探求する新作を、全国主要都市にてお届けします。

●演出:船橋裕一郎

●音楽監督:住吉佑太

●出演者(予定):中込健太住吉佑太池永レオ遼太郎北林玲央米山水木小平一誠前田順康三枝晴太渡辺ちひろ小野田太陽中谷憧野仲純平小川蓮菜(準メンバー)

Photo: Takashi Okamoto, Katsumi Omori
Art Director: Hiroomi Hattori (COM Works)

下記、公演地別の詳細です、随時更新いたします。

※例年12月に行なっている文京シビックホールでの連続公演ですが、改修工事に伴い2022年内の公演予定はございません。

日程

鼓童「ミチカケ」
80分があっという間に終わる、太鼓で切り開いた新世界━━━

80分があっという間に終わる、太鼓で切り開いた新世界

鼓童「ミチカケ」2022/11/23 佐渡初演レポート(文・坂本実紀/写真・岡本隆史

鼓童の全新作、新衣装でつくられた舞台「ミチカケ」。立体音響作品という全く未知な舞台は、「知らないのに、なんか知ってる」と錯覚を覚えるような不思議な場面がいくつもありました。

初演となる佐渡公演当日、ホールのロビーは開場前にすでにたくさんの人でいっぱい。熱気と期待に溢れていました。入場口の列は長く伸び、開場後は席がどんどん埋まっていきます。

幕が上がると、音の流れの中でイメージが浮かんできます。雨や風、灰色の重たい雲の動く音。舞台上で、時に頭の中で、様々なめくるめく景色の展開。日常から切り離された圧倒的世界観への招待に、会場全体が緊張感で包まれました。

 

 

曲がすすんでいくと、圧巻の太鼓パフォーマンスに曲中も拍手が贈られ、そのリズムや動きに観客は釘付けに。そんな展開に、演奏者のギアがさらにあがるのを肌で感じるのも興味深かったです。

きいたことのない音や、衣装で表現される陰影と肉体美、リズムを飛び越えた周期感という表現。鼓童の新しい姿や表現、世界観は、まるで木から伸びた枝葉のように自由に広がっていきます。同時に、まがうことなき鼓童の濃いDNAが根本にあることを思い知らされる舞台でもありました。

太鼓からこの音がするの?という発見や、太鼓演奏のイメージしかない演奏者も参加する笛の重奏は圧巻かつ新鮮です。吊るされたドラはやわらかで遠くまで広がる音を響かせ、時として太陽や月のメタファーとして想像をかきたてます。照明の効果で手が浮かんで見え、衣装のフードが表情を隠して不気味さと得体の知れなさを加速させる。コミカルな曲では、演奏者が音に操られているように動き、つい口元が緩んでいました。

コンセプトに統一感があることで、どんどん新しい鼓童の世界に引き込まれ、80分があっという間に過ぎ去りました。最初、まばらだった拍手が、会場全体で大きくなるのと同時に、演奏者と観客の気持ちが一緒に高まっていきます。

音が星の様にゆっくりと流れ、風の様に回転し、強い渦になってぱっと消え、時に跳ね、楽しそうに遊び、羽ばたいていく。最後は、太鼓も音も、まるで生き物のように大声で吠え、まるで掴みかかってくるようでした。私にも、見えないはずの音が見える。なるほど、これが音の立体作品かと、舞台の後も興奮が冷めません。

コロナ禍ということもあり、ずっと画面の中の鼓童を追う日々でした。でも、全身で受ける太鼓の音の波、汗の見える距離で演奏者のだすヒリヒリした一打を目の当たりにし、一緒に見ている観客と胸いっぱいの同じ気持ちでする拍手は、やはり舞台の醍醐味です。

面白かったのは、鼓童が、観客の曲の「ここがピークかな」という期待をゆうに越えてくる熱量と超絶技巧を連発していたこと。観る者の「まだいくの!?」という感動と心の高まりが伝わっているのを、閉幕挨拶での演奏者たちの笑顔で確信しました。

まっさらな気持ちでも、鼓童の古参のファンでも、大満足できる舞台「ミチカケ」。難しいことは考えず「太鼓、すごい!」を分かち合うために、是非足を運んでみてください。

鼓童「ミチカケ」ツアー情報

Photo: Takashi Okamoto / Art Director: Hiroomi Hattori (COM Works)

森羅万象、煌めきの音。

近年の鼓童全体の表現を総合的に手掛ける船橋裕一郎と、舞台の要となる楽曲を次々と生み出している住吉佑太が連携し作り上げる、全曲新曲で上演予定の革新的な意欲作。

夜明けから深夜まで変わり続ける自然界のリズム「日の出日の入り」「潮の満ち引き」「月の満ち欠け」。

その長い周期感や、「数」に秘められた律動を太鼓音楽で探求する新作を、全国主要都市にてお届けします。

●演出:船橋裕一郎 ●音楽監督:住吉佑太 ●出演者(予定):中込健太住吉佑太池永レオ遼太郎北林玲央米山水木小平一誠前田順康三枝晴太渡辺ちひろ小野田太陽中谷憧野仲純平小川蓮菜(準メンバー)

 

【鼓童創立40周年「来し方行く末」青木孝夫】ブログ一覧

2021年、鼓童創立40周年の節目に、「初心忘るべからず」「歴史を知らずして未来は語れない」という言葉を噛み締めています。前身の佐渡の國鬼太鼓座時代から現在の鼓童グループの活動に関わらせていただいている中で、生き抜くチカラを教えてくれた出来事や成長させていただいた出来事などを「来し方行く末」として年代ごとに数回に分け、あらためて思考してみたいと思います。(北前船 取締役会長・青木孝夫)

<その1:1977年〜1989年のブログはこちら>
<その2:1990年〜2000年のブログはこちら>
<その3:2000年〜2010年 前編のブログはこちら>
<その3:2000年〜2010年 後編のブログはこちら>
<その4:2010年〜2020年 前編のブログはこちら>
<その4:2010年〜2020年 後編のブログはこちら>

目次/一覧

<その1:1977年〜1989年のブログはこちら>

  • 1977~1980年 「佐渡の國鬼太鼓座」時代
  • 1977年 鬼太鼓座 東京公演
  • 1979年 ガンガラと孤独
  • 1980年3月23日 田耕氏との対峙
  • 1981~1982年 鬼太鼓座から鼓童へ
  • 1981年2月18日 株式会社北前船 設立
  • 1981年9月 ベルリンデビューと「入破」
  • 1981年 自主制作レコード『鼓童Ⅰ』
  • 1982年 林英哲氏との別れと葛藤
  • 1983~1986年 鼓童
  • 1983年8月 林英哲氏からいただいた手紙と本
  • 1984年 写真集『鼓童』出版と岡本太郎さんとの出会い
  • ONE EARTH TOURのスタートと国内公演営業活動
  • 1987~1989年 激動の時代
  • 1987年1月 河内敏夫(ハンチョウ)との別れ
  • 1988年 ソニーレコードとの専属契約と太鼓音楽の著作権

1977年〜1989年のブログはこちら

<その2:1990年〜2000年のブログはこちら>

  • 1991年 鼓童創立10周年「ギャザリング」とオーチャードホール
  • 太鼓芸能と音楽
  • 1994年 EC94 テント劇場企画
  • 1997年 財団法人鼓童文化財団 設立と 研修所二年制
  • 鼓童の活動拠点 鼓童村の土地のこと
  • 1999年 交流学校公演と二班制のスタート

1990年〜2000年のブログはこちら

<その3:2000年〜2010年 前編のブログはこちら>

  • 2000年 坂東玉三郎さん 千載一遇の出会い
  • 2006年 坂東玉三郎さんとの共演作 アマテラス

2000年〜2010年 前編のブログはこちら

<その3:2000年〜2010年 後編のブログはこちら>

  • 2001年 ケヤキの植樹とケヤキ原木太鼓づくり、薪ストーブ
  • 2007年11月 鼓童牛 きくこ
  • 2007年 4尺の国産ケヤキの大太鼓と浅野昭利さん
  • 2008年 御太鼓遊び

2000年〜2010年 後編のブログはこちら

<その4:2010年〜2020年 前編のブログはこちら>

  • 2009年9月 「打男」公演 と 2009年9月「うぶすな」公演
  • 2011年 創立30周年
  • 2012年 太鼓芸能集団鼓童の芸術監督

2010年〜2020年 前編のブログはこちら

<その4:2010年〜2020年 後編のブログはこちら>

  • 2016年 鼓童創立35周年
  • 2017年5月 「幽玄」
  • 2020年 〈NOVA〉公演・・そして新型コロナウイルス感染症の影響

2010年〜2020年 後編のブログはこちら

━2021年、鼓童は創立40周年を迎えます━

鼓童創立40周年記念公演企画