鼓童ブログ Kodo Blog

ワンアースツアー『螺旋』、本日、杜の都、仙台で公演です!/梅垣晶子


ワンアースツアー『螺旋』、本日、杜の都、仙台で公演です!

仙台は大降りだった雨が上がりました。

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昨年の『永遠』に引き続き、本日、東京エレクトロンホール宮城での公演です。締め上げもセッティングも太鼓の響きもバッチリです!

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開演は18:30です。
皆様のお越しをお待ちしております!

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梅垣晶子


鼓童ワン・アース・ツアー2016〜螺旋、仙台公演

2016年9月29日(木)18:30開演

宮城県仙台市 東京エレクトロンホール宮城
http://www.kodo.or.jp/oet/20160929a_ja.html


菅波じゃんがら念仏ご挨拶/内田依利


菅波じゃんがら念仏ご挨拶

いわき公演の前日に、鼓童がお世話になっている「菅波じゃんがら念仏」の皆さんにご挨拶に伺いました。
じゃんがら念仏は鼓童の「八重の浮立」という演目を創る際に、勉強させていただいた芸能です。

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私は7年前、メンバーになりたての頃に、「八重の浮立」をやるので稽古に行かせて欲しい!と懇願して伺ったのが初めてです。
2日半まるまる稽古をつけていただき、じゃんがらの稽古はもちろん、祭りの話や生活の話も、お酒を酌み交わしながらたくさん聞くことができた大変濃い時間でした。
私は演目の稽古ということで、どうしても芸能を学ぶことだけにフォーカスしていましたが、
芸能は青年会の地域の活動の一つでしかなく、最も大切なのは生活であり、地域のつながりであることを実感しました。

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地元には3年ぶりに伺いましたが、ここ10年くらいで一気に人が減って集まりにくくなっているとも聞きました。
今回伺った鼓童メンバーのほとんどは、じゃんがら念仏をみるのは初めてでしたが、芸能を目の当たりにすることはいつでも大変勉強になります。
これからも、世代が変わってもつながって行けるよう、日本中世界中を旅を続けて行けるよう頑張ろうと思う1日でした。

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鼓童ワン・アース・ツアー2016〜螺旋

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公演紹介
http://www.kodo.or.jp/news/20160900oet_ja.html

スケジュール
http://www.kodo.or.jp/oet/index_ja.html#schedule26a

内田依利
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ほんものの/前田順康


ほんものの

9/15都内での学校公演より Photo: Erika Ueda

▲9/15都内での学校公演より

厳しい残暑もようやく終わり、私たち交流公演班は、ただいま学校や劇場をまわっております。

Photo: Takashi Okamoto

みなさまとの距離が ぐっと近い交流公演、特に学校公演は 演奏への反応が学校により全く変わってきます。さらにひとりひとり演奏の受け取り方も様々です。

Photo: Takashi Okamoto

じっと黙って聞き入る生徒(児童)、鳴り物から目が離れない生徒、演目中でも舞台袖を見ている生徒。きっと ほんものの気持ち ほんものの反応なのでしょう。

Photo: Erika Ueda

今日はどんな生徒たちなんだろう。ライブ感に溢れる毎日です。

Photo: Takashi Okamoto

自分が伝えたいことをどう音に乗せるか。その伝えたい気持ちは ほんものか。どこか飾ってしまう気持ちがないか。

鼓童交流公演、今日も張り切ってまいります!

Photo: Takashi Okamoto

 

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鼓童 交流公演


追悼 永 六輔さん③/ありがとう、永さん。鼓童メンバーからのメッセージ


ありがとう、永さん。
鼓童メンバーからのメッセージ

2013年12月「小島千絵子トーク&ライブ『紅の寿』」にて(写真:宮川舞子)

2013年12月「小島千絵子トーク&ライブ『紅の寿』」にて(写真:宮川舞子)

永さんが亡くなった。

でも…永さんは消えない。

永さんの大きなエネルギーが、ゆったりと拍動しながら近くにある。

「バカ。ちゃんとできたって、しょうがないんです‼」
「夢見る乙女はやめて。現実の明日に、つながってんの? これ。」
「ハッハッハッハッ(大笑)」(私の落ち度に対して)

あー、いっぱい怒られた。怖かった。でも、嬉しかった。そして、、、、、私を絶賛してくれたのも、永さんだった。

今、国や世界の様々な状況から不安に陥りそうになると、見えない永さんから「喝」が飛んでくる。

「何があっても、太鼓は世界平和の親善大使。それを忘れないで!」

叱咤激励をいただき続けた35年が、これからも私たちを育み養う糧となり続けることを想う。

永さん、いつまでも、ありがとうございます。

藤本容子

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2000年7月「佐渡あたりでバチあたり」のリハーサルにて(写真:吉田励)

2000年7月「佐渡あたりでバチあたり」のリハーサルにて(写真:吉田励)

「鼓童の太鼓は聴いてるだけで疲れる」「音に遊び心を感じない」「あのタイミングであれはないだろう!」「なんでお前たちは…」

永さんからは、ためになるお話を伺ったと云うよりも、叱られた思い出の方が断然多い。でもそれは、次に会うまでの宿題を出すと云うことだったのだと思う。

「お前たちは、もっと大道芸を勉強しなさい。あの人たちは予期せぬ事態の連続の中で芸を行ってるんだ。」「観客の反応、アクシデント、自分のミスでさえ瞬時に小銭に変えるんだ!」 その後訪れたエジンバラフェスティバル。僕は劇場公演そっちのけで大道芸だけを観て回った。それも同じ人を最低三回追って。

勿論そんな程度の経験で身に付くものではないけれど、交流学校公演やワークショップなど、参加者の反応やその場で起きたことを取り入れて、舞台を進行する意識が生まれて来たと思います。まぁまだ宿題を提出するレベルではありませんけど。

それはそうと、遠慮なく叱って下さった方が居なくなって寂しいと云うより、この先を思うと途方にくれていると云った気持ちですよ、永さん。

齊藤栄一
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2003年10月「永六輔さんコンサート『鼓童大慶寺を鳴らす』」にて(写真:田中文太郎)

2003年10月「永六輔さんコンサート『鼓童大慶寺を鳴らす』」にて(写真:田中文太郎)

今、私がここに在るのは、永さんのおかげです。

私がまだ何者でもなく、何かを探し混沌としていた頃、愛読していた『話の特集』の中の永さんのエッセイに「鬼太鼓座の若者」の文字を見つけました。間もなく篠田正浩監督のドキュメンタリー映画「佐渡ノ國鬼太鼓座」と実演のステージを観て、若い鬼たちの中に飛び込みました。永さんは広告塔として佐渡と若者を繋いでいました。

鼓童になってしばらく、たった一人の女性として踊りを担っていた孤独な心持ちの頃、やはり同じ雑誌に鼓童の評と共に私への文がありました。「単なる太鼓のいろどりから、踊りの場面を獲得し、さらに太鼓に負けていない、舞台を引き締めている。鼓童はこの財産を大切にして欲しい」その言葉に励まされてまた上を向いて歩き出すことが出来ました。

その後も女性三人のユニット「花結」を立ち上げた時からその趣旨や表現を面白がって頂き、時々にご指導の機会を頂きました。少数派への愛に満ちて厳しく優しいまなざしに、伸び伸びと学び成長できたのも永さんのおかげです。

永さんが旅立たれた後、私達の中に永さんのいのちは引き継がれ、地球をまた旅して参ります。永さんを思い、感謝の手を合わせます。

小島千絵子
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追悼 永 六輔さん①
http://www.kodo.or.jp/blog/kikanshi/20160918_10962.html

追悼 永 六輔さん②/永さんからの伝言
http://www.kodo.or.jp/blog/kikanshi/20160918_10963.html


追悼 永 六輔さん②/永さんからの伝言


2007年の月刊「鼓童」新年号に、永さんのインタビュー記事を掲載しました。その中から、寄せてくださった言葉を抜粋して紹介させていただきます。いただいた時から10年経った今の私たちが、あらためて胸に刻まなくてはいけない言葉の数々です。

永さんからの伝言

鼓童公演をご覧いただいたあとにくださったお手紙。

ほめ言葉なんていくら集めても何の役にも立たないですよ。アンテナを研ぎ澄まして悪口を集めないとだめですよ。

だって鼓童は、ただ叩いているだけなんだもん。始めは叩いている行為に感動して「鼓童っていいね〜。すごいね〜」って皆言うけれど、その後は何が残るか。圧倒するのはね、若ければ叩き方しだいで誰だってできることですよ。

リーダーとしての意識があるんだったら、全国の太鼓をやっている人に、「太鼓とは本来どういうものか」っていう問い直しをしないと。

八丈太鼓なんて習ってできることじゃないでしょ。太鼓が「あ、歌ってる」「あ、語っている」っていう聴こえ方がするんですよ。これは習ってできるものじゃありませんよって、そういうことを伝えるのも大事なことじゃない? そういう考え方ができるようになると、太鼓に向かう姿勢が謙虚になるでしょ。太鼓の音をどういう感性で受け止めるかっていうこともね。

「打ち手は同時に語り手で…」っていったけど、太鼓で語ればいいの。それは絶対に伝わるものだと思う。

楽しさってこういうもんですよ、ということを、太鼓を通して、どれだけ他のものにつなげられるか。僕はそれを作りたくて佐渡に通ったんです。

鼓童はとってもブレーンの作り方が下手なんだよな。だから遠慮するじゃない、こちらも。お互い遠慮しない関係でいることができれば、いろんな人も呼べるでしょ。そして、呼んだ人からいろんな芸を絞り取らなきゃ。僕も絞り取られたって記憶ないもの。それはとっても損なことだよ。

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皆、年とっていくんです。老化とか年をとっていくことの怖さっていうのは年をとらないと分からないんですよ。爺さんばっかりのグループも作っていくことをしないと、みんな無理がいくよ。無理がいく仕事なんだもん、叩くってことは。大きな太鼓なんか持ち歩けないからね。
小皿叩いても鼓童でなきゃ。

これからの宿題とすれば、芸能集団としての鼓童と、それから最初からやろうといっていた学校づくり、民芸・工芸を含めたものづくり。今、やりつつあるじゃないですか。それが、もう少し形にならないかなって思うんですよね。舞台とは別でいいんですよ。今までを振り返って、何が足りなかったのか、だめだったのかっていうマイナス面を全部ピックアップして、直すんじゃなくて、マイナスをそのまま魅力にするっていう発想でね。

追悼 永 六輔さん①
http://www.kodo.or.jp/blog/kikanshi/20160918_10962.html

追悼 永 六輔さん③/ありがとう、永さん。鼓童メンバーからのメッセージ
http://www.kodo.or.jp/blog/kikanshi/20160918_10964.html


追悼 永 六輔さん①


追悼 永 六輔さん

2003年鼓童村にて(写真:田中文太郎)

2003年鼓童村にて(写真:田中文太郎)

放送文化のひとつの時代を創り、多くの方々に影響を与えてこられた永六輔さんがお亡くなりになりました。鬼太鼓座・鼓童の出自に関わり、長年にわたり私たちに厳しくも温かく叱咤激励してくださいました。心からご冥福をお祈りするとともに、その言葉の数々をあらためて胸に刻みたいと思います。

佐渡、宮本常一先生、鬼太鼓座、鼓童
鬼太鼓座、鼓童の始まり

永さんとの出逢いは45年前、鬼太鼓座を始めるきっかけとなる、人を集めるところからになります。

1970年、当時パーソナリティーを務めていたラジオの深夜番組で、鼓童の前身「佐渡の國鬼太鼓座」が誕生するきっかけとなった「おんでこ座夏期学校」開催を呼びかけたのが、永さんでした。永さんのお話によれば、詩人の谷川俊太郎さんから「佐渡で島興しをやろうとしている若者がいる」という連絡があり、田耕氏が谷川さんの紹介状を持ってTBSへ来社。ちょうど「パック・イン・ミュージック」というラジオ番組をやっている頃で、その話がそのまま放送で流れた、という、このグループの生まれるところからの関わりです。実はそれ以前から、宮本常一先生と本間雅彦先生のつながりで佐渡へのご縁はつながっていました。

永六輔さんと宮本先生

宮本常一(みやもとつねいち=1907〜1981)/「旅する民俗学者」と呼ばれ、ひたすら歩いて日本中の民俗や民具を調査した、日本を代表する民俗学者。農村や離島の振興に尽力され、また「職人(日本海)大学構想」を提唱するお一人として「佐渡の國鬼太鼓座」誕生に関わられた、鼓童にとって大変縁の深い方。

永さんは戦後、日本の歴史観が大幅に変わる中で歴史を学ぼうと志します。なかでも、一番身近にあった民俗学を宮本先生に学びました。

20歳の頃、テレビ開局を機に、放送業界へ進もうとする永さんに、宮本先生が贈った言葉は「放送の仕事は電波の仕事。電波は山や海を越え、どこまでも行く。我々は今まで歩いて日本中を調べてきた。君は電波を発信して日本を調べなさい。だけど、一つだけ約束してほしい。電波を出すだけではなく、届いている電波の先へ行ってほしい。どういう風に情報が受け止められているかを調べて、スタジオに持ち帰って話をしなさい」というこの言葉を支えとして活動されていらっしゃいました。

宮本先生への思い

永さんが、鼓童と接するときにいつも心を配られていたのは宮本先生ならどう思うか、ということだったように思います。

「鼓童と一緒に仕事をする時に僕が一番したかったのは、宮本先生のやり方なんです。歯食いしばって、何かするんじゃなくて、できることだけしていればいいんだから。あるものを大事にして、そこでできることだけでそれで満足しなくちゃいけないと。もっとよくしようとか、もっと豪華にしようとか、それは宮本さんのやり方じゃないの。宮本さんはそんなこと全然考えない。時間の流れの方が大切なんだ。だから、今回は衣裳にしても鼓童にあるもので、それを如何に工夫して生かすか、という発想でやりました。(中略)宮本さんは、あくまで日本の国の中の人で、世代的にもそういう時代の人だから、海はあるんだけれど、世界は見えてこないんですよ。だけど、それを受け継いだ鼓童の世代は、佐渡だけじゃない日本だけじゃない、アジア、世界って言う展望の中で、世界中の太鼓の叩き手に、宮本さんの考え方を伝えていくことだと思うんですね。」(一九九六年「永六輔の『鼓童で遊ぼう』」のインタビューより)

宮本常一(みやもとつねいち=1907〜1981)/「旅する民俗学者」と呼ばれ、ひたすら歩いて日本中の民俗や民具を調査した、日本を代表する民俗学者。農村や離島の振興に尽力され、また「職人(日本海)大学構想」を提唱するお一人として「佐渡の國鬼太鼓座」誕生に関わられた、鼓童にとって大変縁の深い方。

永六輔さんと本間先生

2000年5月柿野浦の研修所にて 本間雅彦先生もご一緒に(写真:吉田励)

2000年5月柿野浦の研修所にて 本間雅彦先生もご一緒に(写真:吉田励)

永さんは宮本先生のつながりで、本間雅彦先生と知り合います。中でも、一緒に活動をされていた小沢昭一さんが、日本の放浪芸を追求していくなかで目をつけ、一度は完全に亡びたといわれていた佐渡の芸能のひとつである「春駒」の収集を、本間先生がしてくださったことを後々まで語っていらっしゃいます。

2010年6月に、永さんがラジオの仕事で佐渡にいらしたのですが、ちょうどその日が、本間先生の告別式でした。お手紙の中で、その日に佐渡にいられたことに胸を熱くした、と書いていらっしゃいます。

本間雅彦(ほんままさひこ=1917〜2010)/1959年、九学会調査で佐渡を訪れた民俗学者・宮本常一氏と出会い、その人格・研究姿勢に大きな影響を受けた。佐渡の國鬼太鼓座〜鼓童の佐渡で一番の支援者であり理解者。「てずから工房」主宰。佐渡島内の各町村の郷土史や民族研究など執筆多数。

本間雅彦(ほんままさひこ=1917〜2010)1959年、九学会調査で佐渡を訪れた民俗学者・宮本常一氏と出会い、その人格・研究姿勢に大きな影響を受けた。佐渡の國鬼太鼓座〜鼓童の佐渡で一番の支援者であり理解者。「てずから工房」主宰。佐渡島内の各町村の郷土史や民族研究など執筆多数。

鼓童への思い

「僕は、鬼太鼓座初期の舞台から立ち会っているわけだけど、ファンであって、クリエイターではない。応援団かと言われると、応援団でもない。つまり鬼太鼓座が10年、鼓童が25年あるとして、じゃあ、あなたは何をしていたのですか? と言われると、これといって何にもないんですよ。鼓童がこうなるといいなと思う願望はあります。ささやかながら、そういう手伝い方はしてはいるんですけどね。」

鼓童の30周年の記念誌「いのちもやして、たたけよ。」に本間先生と鼓童のあるべき姿を語った、と書いてくださっています。

もっと歌え、舞え、踊れ。
もっと語れ、弾け、遊べ。

追悼 永 六輔さん/青木孝夫

鼓童には遊びがたらん! 圧倒する太鼓は若ければ叩き方次第で誰だってできる。もっと太鼓で歌え、語れ!

衣装にしても、画一的で個がみえない。もっと自由に!

君たちは批判という声にうたれ弱い。もっと強くなれ!

大きい太いバチでなくてもいいだろう。バチでなく手を叩いてほしい

もっと子どもやお年寄りに楽しんでもらえる芸を身につけなさい。

1980年代から、私は永さんにお会いするたびに、このようなお説教を浴びせられ続けました。当時は若さゆえ、その言葉の意味が理解できずによく落ち込んでいました。しかし、2003年、坂東玉三郎さん演出の舞台をご覧いただいた時に、和紙に書かれた棟方志功の版画絵と永さんの直筆のメーセージは嬉しかった。

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「僕の待っていた鼓童に近づきつつあります。声を・・と 三十年! ありがとう 玉三郎さん」

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「人間自分で変えられない時は変えてもらえればいいのです。まだまだ変われます。」

現在、玉三郎さんにご指導を仰ぐ中で、永さんのこの言葉の意味と通ずることがたくさんあります。

「むずかしいことをやさしく、やさしいことをおもく、おもいことをおもしろく」。この、井上ひさし氏の言葉も永さんから教えてもらいました。

いつも愛情深く、厳しい叱咤激励をいただいた言葉のひとつひとつを胸に刻み、まだまだ先は長いと思いますが、永さんに褒めてもらえる鼓童に変わっていけるように自由に「遊びたい」と思います。

ありがとうございました。
合掌

鼓童グループを代表して
青木孝夫

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2003年11月 「鼓童ワン・アース・ツアー スペシャル」をご覧いただいた後に寄せてくださったお手紙。

追悼 永 六輔さん②/永さんからの伝言
http://www.kodo.or.jp/blog/kikanshi/20160918_10963.html

追悼 永 六輔さん③/ありがとう、永さん。鼓童メンバーからのメッセージ
http://www.kodo.or.jp/blog/kikanshi/20160918_10964.html


「Cross Transit」レコーディング参加/阿部好江


「Cross Transit」レコーディング参加

Photo: Mariko Omi

この度「Cross Transit」というコンテンポラリーダンスの作品の音楽に録音で参加させていただくことになりました。その音楽ディレクターの横山裕章さんが、はるばる佐渡まで来てくださいました! いろんなアーティストに楽曲を提供されている才能溢れる方です。

Photo: Mariko Omi

写真は稽古場でのレコーディング風景。鼓童メンバーのほとんどがツアー中なので、贅沢に稽古場を使わせていただきました。

Photo: Mariko Omi

歌を何回も重ねて録って厚みを出したり、効果音的な声を出してみたり、動物的な声を出してみたり、、台詞を言ってみたり、、今までやった事のない感じ。。。面白かった! 横山マジックでどんな仕上がりになるのかとても楽しみです。

Photo: Mariko Omi

皆さんも是非舞台を観にいらして下さい。

「Cross Transit」についてはこちら
http://www.akikokitamura.com/crosstransit/

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横山裕章氏/サウンドディレクター
アメリカテキサス州生まれ。幼少時代をオランダで過ごす。大学在学中から様々なアーティストのツアーにサポートメンバーとして参加しながらTV-CM、映画音楽、アニメなど幅広いフィールドで音楽制作を行う。YUKI、MISIA、JUJU、安藤裕子、木村カエラなど様々なアーティストへの楽曲提供・アレンジ、サウンドプロデュースを手掛ける。槇原敬之、miwa、星野源のツアーにはキーボードとして参加。曽我部恵一ランデヴーバンド、L.E.D.のメンバーとしても活動中。


「八珍柿」通信販売のご案内(9/30〆切)


「八珍柿」通信販売のご案内

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鼓童から、佐渡の秋の味覚として毎年お届けしている八珍柿。とろりとした果肉が好評です。八珍柿は種のないことから越後の七不思議に次ぐ八番目の珍しいものということで名付けられました。もともと渋柿の八珍柿を、焼酎にさわして渋抜きし、開封日を記載してお届けします。発送時期は10月中旬から11月上旬を予定しております。

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鼓童からお届けする柿は、羽茂・弘仁寺(こうにんじ)の日下敞敬様が丹精して育てた柿で、鼓童スタッフと研修生も、摘蕾・摘果・収穫などの作業をさせていただいております。心を込めて箱詰めし、皆様へお届けいたします。

(A)60サイズ(約12玉入り) 2,100円(送料・税込)
(B)80サイズ(約24玉入り) 3,200円(送料・税込)
(C)干し柿用・80サイズ(渋抜きしていないもの) 2,000円(送料・税込)

お申込方法:メール、ファクス、または電話でご連絡ください。A, B, Cのいずれかと、箱数、お届け先のお名前、ご住所、電話番号をお知らせください。

お申し込み先:
鼓童事務所(担当・大井キヨ子)Tel. 0259-86-3630
Fax. 0259-86-3631
Email: heartbeat@kodo.or.jp

お支払い方法:請求書を郵送いたします。ご請求書と柿のお届け先を別にすることもできますので、お知らせください。

お申込締切:2016年9月30日(金)

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2016年9月15日〜25日小島千絵子出演「Road to Kumano」(アメリカ・ロサンゼルス)


小島千絵子出演「Road to Kumano」

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小島千絵子が、アメリカ・ロサンゼルスの太鼓グループ「TaikoProject」との共演作品「Road to Kumano」に出演いたします。

2016年9月15、16、17、18、22、23、24、25日(全10回)
アメリカ・ロサンゼルス East West Players, David Henry Hwang Theater

開場 未定

開演
9月15日(木)20:00
9月16日(金)20:00
9月17日(土)14:00/20:00
9月18日(日)14:00
9月22日(木)20:00
9月23日(金)20:00
9月24日(土)14:00/20:00
9月25日(日)14:00

料金 $30-$50

発売状況 発売中

会場ウェブサイト
http://www.eastwestplayers.org

イベントURL
http://www.eastwestplayers.org/on-the-stage/road-to-kumano/

お問い合わせ TaikoProject http://taikoproject.com


KASAMIX 2016/河本唯


KASAMIX 2016

Photo: Yui Kawamoto

「人生を変える」とも噂されております、2年に一度行われるKASAMIXという合宿プログラムは、海外で和太鼓をされている方が主に参加されます。

Photo: Yui Kawamoto

毎回北米からの参加者が多かったのですが、近年の和太鼓のグローバル化に合わせて参加者もアメリカ、カナダ、イギリス、アルゼンチンなど世界各国からいらっしゃいました。

Photo: Yui Kawamoto

KASAMIX参加者は佐渡に来て早々、鼓童の研修所にて研修生と生活をします。

Photo: Yui KawamotoPhoto: Yui Kawamoto

早朝のトレーニングから毎日3度の食事、掃除にお風呂。

Photo: Yui Kawamoto

Photo: Yui KawamotoPhoto: Yui Kawamoto

鼓童ベテランメンバーによるバラエティー豊富なワークショップを受けながら佐渡の季節感溢れる大自然も体験して頂きました。

Photo: Yui KawamotoPhoto: Yui Kawamoto

岩首という集落のお祭り準備で鬼太鼓の稽古を見学し、後半には自ら春日という集落の鬼太鼓を学びました。

Photo: Yui KawamotoPhoto: Yui Kawamoto

佐渡の魅力も漏れなく満喫です!

Photo: Yui Kawamoto

Photo: Yui KawamotoPhoto: Yui Kawamoto

世界中から集まり、それぞれの国や地域でどの様な和太鼓が存在するのか。そこにはどんな意味があり、歴史があり、想いがあり、文化があるのか。それを今回教えてもらった研修生の目は何倍にもキラキラしていて、改めて世界の和太鼓の存在を確認し、鼓童の舞台に立つ意思がさらに固まったようにも見えました。

Photo: Yui Kawamoto

佐渡という小さな島で、わずかな時間しか過ごしていないのですが、KASAMIX、今年も心温まる形で終了いたしました。私もスタッフとして関わらせて頂き、世界中から太鼓と言う共通点で集まった空気感に感動をし、どこか懐かしく、心地よさを感じる事が出来ました。また世界のどこかで再会する事を強く願います。ありがとうございました。

Photo: Yui Kawamoto

次回の開催はまた2年後! 海の向こうで太鼓を頑張っている皆さま! 佐渡でお待ちしております。


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