モノクローム、モノプリズム 50年ものがたり|第2回(4)〜(6)
鼓童の代表曲の一つ「モノクローム」と、オーケストラ版の「モノプリズム」。
2つの楽曲の2026年の初演50周年を記念して、鼓童のインスタグラムで連載投稿を行っています。
本ブログでもその内容に今回初出の写真を追加して再掲載。楽曲にまつわる各時代のエピソードを通じて鼓童の45周年の足跡をご紹介します。

2009年10月9日、西新井文化ホール
(4)バチの木目は縦が上。あの「バチ」の秘密~究極の「一音」を求めて
「モノクローム」の演奏では、曲の始まりのピアニッシモの音を出すために先端が細くなった特別なバチを使います。前身の「佐渡の國 鬼太鼓座」の頃はカシの角材を削って作っていましたが、耐久性のこともあり、やがてマーチング用のドラムスティックを削ってバチとして使うようになります。
| スティック選びは先端のチップがついている状態で全部木目を縦に向け、まず1本バチを決めて、それに近い音が出るものを探してペアを作ります。バチの消耗は早く、一回のツアーには3組ほどが必要になります。
たたく時に気をつかっているのは、2本のバチの木目の向きを揃えることです。太鼓に対してバチの木目が縦と横では、音が変わりますので。バチの木目は縦が上、本番ではメンバー全員が向きを縦に揃えてたたいています。木目が横だと音がわずかに低くなってしまいますし、また木目を縦にした方が若干折れにくいということもあります。(見留知弘) |


[写真]
・2枚目:マーチング用のドラムスティックと「モノクローム」のバチ(加工後)
・3枚目:カシ材を削って作られた初期のバチ 1981年撮影。激しい打ち込みへの耐久性と 7人の打ち手に均質な音が求められたことから 現在の形状に進化することとなった。写真:富田和明
・4枚目:究極の一音を求めて今日も鼓童の探究は続く 写真:Shiggy

1991年、鼓童創立10周年記念公演「ギャザリング」のためのリハーサル
(5)弱いんじゃないんだよ、強いんだよ!~1980年代
「モノプリズム」は、1976年7月のタングルウッド音楽祭(アメリカ)での初演以来、現在までの50年間で鼓童は20回の公演を行っています。1990年代までのほとんどの公演の前には、作曲家の石井眞木さんが佐渡に来島して直接稽古をつけてくださっていました、
| 眞木さんの印象は、まずね、熊みたいな感じ。身体も大きいし、押しが強い方。もうあの眼でギロって睨まれると、もう本当に動けなくなるみたいなね。
普段の物腰は柔らかい。別に威圧感はないんだけども、『モノプリズム』の稽古となると、ぴりっとするんだよね。欲しい音とリズムとそのニュアンスというのがはっきりしている。何気なく出された音に対しては『そんなんじゃない!』というのがすぐに飛んでくる。 最初のピアニッシシモの部分の音は「聞こえないぐらい小さい音にして」って言われて。ただそれが単に聞こえないんじゃなくて『弱いんじゃないんだよ、強いんだよ』って。で、全身でそれを表すのよ。ゲンコツをギュッって握って『この音が欲しいんだ!タタタタタなんだよ!』って。イメージは最初から眞木さんの中に明確にありましたね。(齊藤栄一) |





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1)1983年、入間市民会館 バレエ作品「輝夜姫(Kaguyahime)」稽古中の一コマ
2)1991年、佐渡市大小にあった稽古場で 鼓童村の稽古場はこの翌年に竣工した
3)1991年、稽古の合間に食卓を囲んで 鼓童の創立以来の拠点だった大小小学校跡のこの建物は、「鼓童村」開村後も2013年まで稽古場などとして使用されていた
4)1993年、大宮市民会館でのリハーサル(撮影:坂口正光)
5)2021年、鼓童創立40周年記念公演(撮影:岡本隆史)

2017年の宣材写真(齊藤栄一/写真:岡本隆史)
(6)「オケの連中をびっくりさせてやってよ」~1990年代
| 『モノプリズム』 のリハーサルで、石井眞木さんはよく僕たちに「もう何も難しいこと考えないでさ。どんどんやってさ。オケ(オーケストラ)の連中をびっくりさせてやってよ』って仰ってました。
ある意味ね、この曲で何か西洋音楽に喧嘩ふっかけてたみたいな感じがするんだよね。僕たちが眞木さんから習ったのはそんな感じ。眞木さんのいう「フォルテッシシモ」は、単なるフォルテッシシモじゃない。指揮台で両腕振り上げて『もうイッコ上に行って~!』。で、さらにつまさき立ちになるぐらいの気迫だった。小さい音も大きい音も求めるところは両極端。大きい音には『そんなもんじゃない。もっとお肉食べて頑張ってよ」って。そしてさんざん稽古したあと『じゃあ、本番もっと大きな音出るよね~』って言われたし。 本当に観念的というかな。眞木さんは70年代に『佐渡の國 鬼太鼓座』の太鼓で感じた彼なりの『和太鼓とは何ぞや』っていうものを、この譜面に書き込んでいるんだと思う。(齊藤栄一) |







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1)石井眞木さん(1983年ごろ)
2)1991年、鼓童創立10周年記念公演「ギャザリング」のためのリハーサル
3)1993年、ネスカフェ・ゴールドブレンドコンサート(東京) 演奏後に齊藤栄一と言葉を交わす石井眞木さん
4)1982年、佐渡・大小にあった鼓童の稽古場の石井眞木さん
5)1982年、佐渡・大小にあった鼓童の本拠地で 石井眞木さんとご家族と鼓童メンバーでの集合写真
6)2008年、鼓童村稽古場
7)1983年、入間市民会館
鼓童YouTubeチャンネルで「モノプリズム」の解説動画を公開しています。公演の前にぜひご覧ください。







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日本のモダン・ダンス、舞踏の草分けである舞踏家、故・石井漠の三男として東京で生まれる。東京で作曲を学んだ後、1958年に渡独し、ベルリン音楽大学作曲家に在籍、1962年に帰国。1969年、西ベルリン市の「芸術家プログラム」の招きで再渡独。以来、ベルリン・東京の二都を本拠に、作曲家・指揮者として精力的に活動を展開する。















