鼓童 演目図鑑/《モノプリズムー日本太鼓群とオーケストラのための(1976)作品29》

「モノプリズム」指揮:下野竜也、管弦楽:東京交響楽団/ミューザ川崎、2021年(写真:岡本隆史)

■楽曲データ

  • 作曲者:石井眞木(1936〜2003)
  • 初演:1976年7月25日/バークシャー音楽祭(マサチューセッツ州タングルウッド)/指揮:小澤征爾/演奏:佐渡の國 鬼太鼓座、ボストン交響楽団
  • 構成:第1部「序」はオーケストラのみの演奏。第2部「モノプリズム」は、オーケストラと共に、7人の太鼓奏者が7台の締太鼓、1台の大太鼓、3台の中太鼓を演奏する。
  • 受賞歴:「尾高賞」(作曲賞)を受賞(1977年)。
  • 演奏歴:国内・海外において20回上演。うち国内では東京9回。大阪3回、札幌、佐渡、仙台、横浜、川崎各1回、海外ではアメリカ、ドイツ、イタリアで各1回上演。(2026年3月時点)
  • 収録アルバム:CD「Mono-Prism」(1991年)SRCL2175

 

誕生の経緯
日本のクラシック界に邦楽器を取り入れた作品が発表されだした1970年代に、鼓童の前身である「佐渡の國 鬼太鼓座」の代表、田 耕氏は数名の作曲家に作品を委嘱を打診していた。
石井眞木氏との出会いは1975年。アメリカ、ボストンで鬼太鼓座の演奏をご覧になった指揮者・小澤征爾氏が「これなら石井眞木さんだ」と紹介してくださった。佐渡の稽古場を訪れた石井氏は、「はじめて太鼓を聴かせてもらってもうビックリしてさ。僕が今まで出会ってきた音楽とは違う、音楽における全く新しい要素があると思った訳よ。」と、まず和太鼓のみの『モノクローム』の譜面が完成。その楽譜において石井氏から要求された音のために、打楽器奏者の山口泰範氏のアドヴァイスを受けながら締太鼓の様々な奏法・音色を生み出し、結果的に太鼓の表現力を大きく広げた画期的な作品となった。

ボストン・シンフォニーホールで「佐渡の國 鬼太鼓座」の公演を観る小澤征爾氏(右はアイザック・スターン氏)1975年。

翌1976年、その新たな和太鼓の表現とオーケストラの響きを融合させて『モノプリズム』が作曲される。タイトルは、日本太鼓の単色=モノクロームと、オーケストラのプリズムの合成語で、それぞれの音楽の特徴を象徴している。

西洋音楽は1950年代以来、頭だけで主知的に何かを理解して音楽するという方向に進み、公衆を逃し始めていて、その時僕も西洋以外の民族の音楽に大きな関心がでてきた。日本の太鼓は昔からただ打つだけ。打ち続けることによって、そこに一種の忘我の世界が形成される。別な言葉で言えば、西洋音楽は、外へ外へという遠心性。それに対して日本の太鼓は求心性を持ち、人間の全身に作用するような種類の音楽。この曲で東洋の考え方と、西欧的オーケストラの多様な世界を対決させると同時に融合させて、新しい世界を切り拓きたかった。そして21世紀に向けて、音楽とはいったい何か?と問いたかった。(石井眞木)

佐渡・大小の旧稽古場での「モノプリズム」稽古。右奥が石井氏。1980年代後半。

 

「天籟」を聴く境地

当時の石井氏の作曲のコンセプトに、『世の中の音は「人籟(じんらい)」と「地籟(ちらい)」の二つがあり、それを超えたところに「天籟(てんらい)」というものがある』という中国の荘子の言葉があった。「人籟」とは人間が出す音。「地籟」とは自然の生み出す音。「天籟」は、この二つを成立させるような根源的な力、大自然の響きをいう。和太鼓も人間の出す音ではあるが、打ち込んで打ち込んで極限まで叩き続けた時、それはいつしか人間の行為から出た音ではないというところまで、自然の響きへと変換する。石井氏は和太鼓を「地籟」、オーケストラを「人籟」と位置づけ、その二つを融合させることによって、「天籟」を聴く境地を創造した。

「モノプリズム」指揮:下野竜也、管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団/すみだトリフォニー、2008年

 

曲の構成
第1部「序」の冒頭弱音は、全体のオーケストラ音響を象徴し、アジアに伝わる響き、リズムを誘導する。響きの層の起伏は、連続と非連続の内に、日本太鼓の登場を意味する。
第2部「モノプリズム」の日本太鼓の最弱音は、東洋の太鼓伝統への挑戦を象徴している。可聴限界(ピアニシシシモ)の静寂から始まり、やがて雷鳴のような響きへと変化する太鼓群。最強音の連打に時は静止し、新しい響きが生じる。太鼓の凝固する時、堆積する響き、それをオーケストラ音塊が断ち切ろうとする。(CD「モノプリズム」石井眞木氏の解説より)

オペラハウス(西ベルリン)、リハーサル室(1984年5月)

鼓童メンバーより
稽古の時、太鼓独特の肉体を通しての表現についてはむろんのこと、日本人ならではの感性というものを非常に重要視され、その指示は細部に渡りました。ある時などは「そのトレモロは松籟(しょうらい)のように」と言われ、要領を得ない僕たちを庭の松の木の下まで引き連れ「これが松籟だよ」と、松の葉が風に揺らぐ音にみんなで耳を傾けたのを思い出します。(山口幹文)

 

石井眞木(1936〜2003)
日本のモダン・ダンス、舞踏の草分けである舞踏家、故・石井漠の三男として東京で生まれる。東京で作曲を学んだ後、1958年に渡独し、ベルリン音楽大学作曲家に在籍、1962年に帰国。1969年、西ベルリン市の「芸術家プログラム」の招きで再渡独。以来、ベルリン・東京の二都を本拠に、作曲家・指揮者として精力的に活動を展開する。
1960年代後半に日本の伝統音楽に着目して以来、西欧的技法と日本の伝統音楽の要素による「二つの音世界からの創造」を命題に、感性豊かな独自の作品を内外で数多く発表してきた。鼓童はこれまでに「モノクローム」、「モノプリズム」、「入破(1981年初演)」、「輝夜姫(1984年初演)」を演奏している。
主な受賞歴:「尾高賞」、「中島健蔵音楽賞・大賞」、「ドイツ批評家賞」、「京都音楽賞大賞」、「日本伝統文化振興賞」など多数。1999年秋には「紫綬褒章」を受章。2003年逝去。

(月刊「鼓童」2008年11月号の記事に一部加筆しました)