オーケストラとの共演曲「モノプリズム 」解説動画を公開しました。

2026年に初演50周年を迎えた《モノプリズム》(石井眞木作曲)。 それは、日本の太鼓とオーケストラが、それぞれの存在を活かしつつ共生し、ひとつの宇宙を創り出す没入型の音楽体験です。
2026年9月5日(土)文京シビックホールでの公演を前に、楽曲についてたっぷりと深掘り解説した動画をお届けします。


【内容】
石井眞木作品における「モノプリズム」「モノクローム」の位置づけ
石井眞木さんの印象、稽古の思い出
「モノプリズム」徹底解説
・楽曲の構成
・現象を聴く
・音群
石井眞木さんが楽曲にこめたメッセージ (1)
太鼓とオーケストラの共演の難しさ
石井眞木さんが楽曲にこめたメッセージ (2)
今《モノプリズム》を体験することの意味
公演のご案内


鼓童×東京フィルハーモニー交響楽団 「モノプリズム」(東京都文京区)

モノクローム、モノプリズム 50年ものがたり|第3回(7)〜(9)

鼓童の代表曲の一つ「モノクローム」と、オーケストラ版の「モノプリズム」。
この2つの楽曲の2026年の初演50周年を記念して、鼓童のインスタグラムで連載投稿を行っています。
本ブログでもその内容に新たに写真を追加して再掲載。
楽曲にまつわる各時代のエピソードを通じて鼓童の45周年の足跡をご紹介します。


前身の「佐渡の國 鬼太鼓座」の「モノクローム」(1970年代)/照明を仕込む原田進平さん(写真:迫水正一)

(7)7本のスポットライト

「佐渡の國 鬼太鼓座」の舞台は、1977年に照明家・原田進平さんと出逢うことで洗練され、スタイリッシュで情感に満ちたものになりました。当時はまだ「太鼓を劇場で観る」ということに、馴染みのない時代でした。

「石井眞木さんの曲は、ビジュアルにもかっこ良さがあります。『入破(じゅは)』もそうですし。だから自分が演出するときも、どうやったら綺麗に見えるかというのをすごく考えています。
『モノクローム』の曲の始まりにスポットライトを7本それぞれ演奏者に当てる演出は、鬼太鼓座時代以来のもので、現在はあまりやっていないのですが、今見るとすごい綺麗ですよね。ああいう曲だけど、一人一人がしっかり打たないと成立しないっていうのを表していると僕は思います。」(船橋裕一郎)

 

[写真]
・1枚目:「鼓童十二月公演」の照明仕込み(1991年新宿・シアターアプル/写真:迫水正一)
・2枚目:リハーサルで照明を確認(1991年/写真:迫水正一)
・3枚目:「鼓童特別公演2015 道」(写真:岡本隆史)
・4枚目:「鼓童十二月公演」(2005年文京シビックホール/写真:田中文太郎)

 

 


2008年12月、「鼓童十二月公演」スペシャル 鼓童+新日本フィル。
すみだトリフォニーで新日本フィルハーモニー交響楽団、下野竜也さんと共演。

((8)「モノプリズム」ー オーケストラで、音が色づく

「モノクローム」と同時期に作曲されたオーケストラとの共演曲「モノプリズム」。オーケストラによる約14分の「序」の後、ピアニッシシモで締太鼓の演奏が始まります。

「『モノクローム』は鼓童の太鼓だけなので、この日本的な単色感が音でもすごく表れているというか、濃淡だけで表現するみたいな。
『モノプリズム』ではオーケストラが入ることで、音にいろんな色がついてくるんですね、「音群」のパート一つとっても、僕たちは締め太鼓だけの音群ですが、いろんな要素の音が出てくるので、同じリズムを叩いても全く違う表現になってきたり。逆に両者がせめぎ合う部分もすごく面白いです。」(船橋裕一郎)

齊藤栄一と船橋裕一郎が、作曲家の原田敬子さんに「モノプリズム」についてお話を伺いました。
曲の誕生の背景や、聴きどころなど、知られざる楽曲の魅力を動画でご紹介します。
鼓童YouTubeチャンネルで公開しています。公演の前にぜひご覧ください。

 

写真
1)2016年8月、鼓童創立35周年記念コンサート「出逢い」。サントリーホールで新日本フィルハーモニー交響楽団、下野竜也さんと共演。(撮影:岡本隆史)
2)2021年10月、鼓童創立40周年、鼓童×東京交響楽団「いのち」。ミューザ川崎シンフォニーホールにて。指揮:下野竜也。(撮影:岡本隆史)
3)2008年4月佐渡、下野竜也さんを迎えての稽古風景。
4)2026年4月佐渡、下野竜也さんを迎えての稽古風景。

 

 


「LUMINANCE」舞台稽古(2025年3月21日)

(9)「モノクローム」は、生ものだ ~2026年

1976年の初演以来、「モノクローム」と「モノプリズム」は、鼓童と作曲家の石井眞木さんとの稽古を通じて進化を続けてきました。2曲とも出版された楽譜がありますが、そこには書き込まれていない微妙な間合いとニュアンスの蓄積はメンバーの間で代々伝えられ、楽曲に鼓童独特の深みを生み出すに至りました。
その一方で、2000年代に入って石井眞木さんが逝去されたのち、2008年の15年ぶりの「モノプリズム」再演を機に、改めて楽譜に忠実に演奏することになり、曲の表現に変化が生まれました。
そしてまた最近は、再びそれ以前の「一回生起の間合いの妙」に取り組む演出家もいます。

「『モノクローム』には、楽曲が生まれてから長い時間をかけて眞木さんと鼓童で積み上げていった第1層と、10年ぐらい前に楽曲、当初の譜面に近い形でやってみようと整理した第2層があって、僕らの世代はその2層目だけでやってきました。
2026年初演の『LUMINANCE』で、久しぶりに(僕たちには初めて)第1層のバージョンで演奏することにしたのですが、稽古で(見留)知弘さんに指導していただいて一番印象に残ったのは『モノクロームは生ものだ』という言葉です。
石井眞木さんと鼓童で作り上げてきたもの ~決まった構造の中で、その場のタイミングや読み合いの中で生まれる空気感とか緊張感~ を、実際に同じ構造でやってみて自分たちも感じましたし、その味がまた面白いと思いました。」(平田裕貴/『LUMINANCE』演出)

 

写真
1)1990年12月3日、「鼓童十二月公演」佐渡・両津市民会館(写真:迫水正一)
2)2019年1月31日、「Evolution」ラスベガス公演(写真:岡本隆史)
3)2006年3月18日、ポルト公演(ポルトガル)
4)2026年3月6日、「LUMINANCE」ロンドン公演前の稽古

鼓童×東京フィルハーモニー交響楽団 「モノプリズム」(東京都文京区)

「モノクローム」は「鼓童十二月公演2026」で演奏いたします。
・12月6日(日) 佐渡市[9月発売]
・12月12日(土)、13日(日) 新潟市[販売中]
・12月17日(木)〜20日(日) 東京都文京区[9月発売]

モノクローム、モノプリズム 50年ものがたり|第2回(4)〜(6)

鼓童の代表曲の一つ「モノクローム」と、オーケストラ版の「モノプリズム」。
2つの楽曲の2026年の初演50周年を記念して、鼓童のインスタグラムで連載投稿を行っています。
本ブログでもその内容に今回初出の写真を追加して再掲載。楽曲にまつわる各時代のエピソードを通じて鼓童の45周年の足跡をご紹介します。


2009年10月9日、西新井文化ホール

(4)バチの木目は縦が上。あの「バチ」の秘密~究極の「一音」を求めて

「モノクローム」の演奏では、曲の始まりのピアニッシモの音を出すために先端が細くなった特別なバチを使います。前身の「佐渡の國 鬼太鼓座」の頃はカシの角材を削って作っていましたが、耐久性のこともあり、やがてマーチング用のドラムスティックを削ってバチとして使うようになります。

スティック選びは先端のチップがついている状態で全部木目を縦に向け、まず1本バチを決めて、それに近い音が出るものを探してペアを作ります。バチの消耗は早く、一回のツアーには3組ほどが必要になります。

たたく時に気をつかっているのは、2本のバチの木目の向きを揃えることです。太鼓に対してバチの木目が縦と横では、音が変わりますので。バチの木目は縦が上、本番ではメンバー全員が向きを縦に揃えてたたいています。木目が横だと音がわずかに低くなってしまいますし、また木目を縦にした方が若干折れにくいということもあります。(見留知弘)

 

[写真]
・2枚目:マーチング用のドラムスティックと「モノクローム」のバチ(加工後)
・3枚目:カシ材を削って作られた初期のバチ 1981年撮影。激しい打ち込みへの耐久性と 7人の打ち手に均質な音が求められたことから 現在の形状に進化することとなった。写真:富田和明
・4枚目:究極の一音を求めて今日も鼓童の探究は続く 写真:Shiggy

 


1991年、鼓童創立10周年記念公演「ギャザリング」のためのリハーサル

(5)弱いんじゃないんだよ、強いんだよ!~1980年代

「モノプリズム」は、1976年7月のタングルウッド音楽祭(アメリカ)での初演以来、現在までの50年間で鼓童は20回の公演を行っています。1990年代までのほとんどの公演の前には、作曲家の石井眞木さんが佐渡に来島して直接稽古をつけてくださっていました、

眞木さんの印象は、まずね、熊みたいな感じ。身体も大きいし、押しが強い方。もうあの眼でギロって睨まれると、もう本当に動けなくなるみたいなね。

普段の物腰は柔らかい。別に威圧感はないんだけども、『モノプリズム』の稽古となると、ぴりっとするんだよね。欲しい音とリズムとそのニュアンスというのがはっきりしている。何気なく出された音に対しては『そんなんじゃない!』というのがすぐに飛んでくる。

最初のピアニッシシモの部分の音は「聞こえないぐらい小さい音にして」って言われて。ただそれが単に聞こえないんじゃなくて『弱いんじゃないんだよ、強いんだよ』って。で、全身でそれを表すのよ。ゲンコツをギュッって握って『この音が欲しいんだ!タタタタタなんだよ!』って。イメージは最初から眞木さんの中に明確にありましたね。(齊藤栄一)

 

写真
1)1983年、入間市民会館 バレエ作品「輝夜姫(Kaguyahime)」稽古中の一コマ
2)1991年、佐渡市大小にあった稽古場で 鼓童村の稽古場はこの翌年に竣工した
3)1991年、稽古の合間に食卓を囲んで 鼓童の創立以来の拠点だった大小小学校跡のこの建物は、「鼓童村」開村後も2013年まで稽古場などとして使用されていた
4)1993年、大宮市民会館でのリハーサル(撮影:坂口正光)
5)2021年、鼓童創立40周年記念公演(撮影:岡本隆史)


2017年の宣材写真(齊藤栄一/写真:岡本隆史)

(6)「オケの連中をびっくりさせてやってよ」~1990年代
『モノプリズム』 のリハーサルで、石井眞木さんはよく僕たちに「もう何も難しいこと考えないでさ。どんどんやってさ。オケ(オーケストラ)の連中をびっくりさせてやってよ』って仰ってました。

ある意味ね、この曲で何か西洋音楽に喧嘩ふっかけてたみたいな感じがするんだよね。僕たちが眞木さんから習ったのはそんな感じ。眞木さんのいう「フォルテッシシモ」は、単なるフォルテッシシモじゃない。指揮台で両腕振り上げて『もうイッコ上に行って~!』。で、さらにつまさき立ちになるぐらいの気迫だった。小さい音も大きい音も求めるところは両極端。大きい音には『そんなもんじゃない。もっとお肉食べて頑張ってよ」って。そしてさんざん稽古したあと『じゃあ、本番もっと大きな音出るよね~』って言われたし。

本当に観念的というかな。眞木さんは70年代に『佐渡の國 鬼太鼓座』の太鼓で感じた彼なりの『和太鼓とは何ぞや』っていうものを、この譜面に書き込んでいるんだと思う。(齊藤栄一)

 

写真
1)石井眞木さん(1983年ごろ)
2)1991年、鼓童創立10周年記念公演「ギャザリング」のためのリハーサル
3)1993年、ネスカフェ・ゴールドブレンドコンサート(東京) 演奏後に齊藤栄一と言葉を交わす石井眞木さん
4)1982年、佐渡・大小にあった鼓童の稽古場の石井眞木さん
5)1982年、佐渡・大小にあった鼓童の本拠地で 石井眞木さんとご家族と鼓童メンバーでの集合写真
6)2008年、鼓童村稽古場
7)1983年、入間市民会館

鼓童×東京フィルハーモニー交響楽団 「モノプリズム」(東京都文京区)

鼓童YouTubeチャンネルで「モノプリズム」の解説動画を公開しています。公演の前にぜひご覧ください。

モノクローム、モノプリズム 50年ものがたり|第1回(1)〜(3)

鼓童の代表曲の一つ「モノクローム」と、オーケストラ版の「モノプリズム」。
2つの楽曲の2026年の初演50周年を記念して、鼓童のインスタグラムで連載投稿を行っています。
本ブログでもその内容に今回初出の写真を追加し、楽曲にまつわる各時代のエピソードを通じて鼓童の45周年の足跡をご紹介します。
今回はグループ草創期のメンバーに聞きました。


ボストンで佐渡の國 鬼太鼓座の公演を観る小澤征爾氏とアイザック・スターン氏(1975年)/大太鼓を叩く大井良明(左側)

(1)それはボストンからの国際電話で始まった~1975年、曲の誕生

「モノクローム」と「モノプリズム」が生まれた背景には、前身の「佐渡の國 鬼太鼓座」をアメリカ・ボストンで観た世界的な指揮者の小澤征爾さんが、旧知の作曲家である石井眞木さんに電話をかけ、彼らの太鼓を聴くよう強く勧めたことがありました。その後、石井さんは佐渡に渡って鬼太鼓座の稽古場で代表的な演目や奏法を見た後に「ここに現代的な『太鼓音楽の創造』が入り込む余地がある」と直感。3度の訪問で曲の構想を練り上げ、「モノクローム」と「モノプリズム」の2曲を作曲しました。

当時、特別な曲をやっているという意識はなかった。あくまでも演目の一つ。
鬼太鼓座の時代だからね、走ることで体力はあったし、それから『屋台囃子』にしても叩きっぱなしみたいな稽古をずっとやってたわけだから、あんまりキツいって感じは正直なかった。身体的な負担としてはこれまでの伝統的な演目とそんなに変わらなかったと思う。(大井良明)

 

写真
[1枚目]タングルウッド音楽祭でのリハーサル、指揮は小澤征爾氏(1976年)
[2枚目、3枚目]1970年代の「モノクローム」。1枚目の写真は締め太鼓をバチで支えていたが、激しい打ち込みに耐える強度がないため、この時には鉄製の台が開発されて使われている。この鉄台は現在は広く世界中に普及している。
[4枚目]撮影日、撮影場所不明。おそらくヨーロッパ公演での写真と思われる。

 


1981年ベルリン芸術祭にて。写真上)カーテンコールの様子。後方右から2番目が大井良明。写真下)公演ポスター、当時は「佐渡の國 鬼太鼓座」から鼓童への移行の時期。主催者との都合で、クレジットは「ONDEKO-ZA」のままとなっている。

(2)「あれ、終わんねェな」って~1981年、鼓童デビュー公演

「佐渡の國 鬼太鼓座」の約10年を経て、1981年に鼓童として新たな門出を迎えます。デビュー公演は、東西分断時代の西ベルリンにあったベルリンフィルハーモニーホールでの「モノプリズム」(指揮・石井眞木)。世界に名だたるこの西洋音楽の殿堂での演奏後には1時間におよぶアンコールの拍手が鳴り止まず、圧倒的なインパクトでの衝撃のデビューとなりました。

『あれ、終わんねェな』って。
舞台に出てってお辞儀して帰ってくる訳じゃないですか、いつまで経っても『出てって礼』の繰り返しで、指揮の眞木さんが『太鼓たたいてよ』って言ったんで、やっと気がついてアンコールの曲をやったんです。僕たちには初めてのことだったから、眞木さんがそこにいなかったら、どうしていいか分からなかった。(大井良明)

 

写真(1981年9月)
1)ベルリンフィルの前で記念撮影(写真:富田和明)
2)アンコールの写真、中央が石井眞木さん
3)ベルリンフィルでのリハーサル風景
4)リハーサル後の石井眞木さん、左は武満徹さん(写真:富田和明)
5)同じツアーのドイツ、ケルンでの「入破」の初演時の楽屋でのスナップ、右端が石井眞木さん

 


佐渡の國 鬼太鼓座時代の宣材写真

(3)鼓童がそれを変えた理由~1980年代前半、世界ツアーへ

1984年には「ワン・アース・ツアー」を掲げて国内外でツアーを開始。「モノクローム」は鼓童を代表する演目として、各地で大きな反響をいただきました。ただ当時の「モノクローム」は、鼓童の舞台で演奏する際には少し具合の悪いところがありました。

鼓童で変えたことを、作曲した石井眞木さんに後で見てもらったのは、もともとあった『大太鼓』の部分をなくしたことなんです。鼓童の舞台なんだから、大太鼓の屋台を先に見せるのではなく、ラストのクライマックスで出てきた方がいいでしょっていうことで。
眞木さんに見てもらった時には嫌な顔したと思うよ。だけどそこは納得してくれていました。(大井良明)

それ以降「モノクローム」は大太鼓なしのバージョンが主となっていますが、2016年の「若い夏」、2018年の「道」公演では、大太鼓の入ったオリジナル版の「モノクローム」を上演しました。

写真
1)2016年の「若い夏」
2)2018年の「道」

鼓童×東京フィルハーモニー交響楽団 「モノプリズム」(東京都文京区)