鼓童ブログ Kodo Blog

鼓童ワン・アース・ツアー 〜神秘/寄稿●玉重佐知子氏


玉三郎さんと鼓童の12年
『アマテラス』『神秘』を通し、太鼓打ちから舞台人をめざす

『アマテラス』の終盤のクライマックスで、アマテラスを呼び戻すため懸命に太鼓を打ち、楽器をかき鳴らす神々。アメノウズメの踊りで宴が盛り上がる中、賑わいにつられて岩屋戸から玉三郎さん扮するアマテラスが姿を現す。神楽や芸能の起源ともいえる見せ場だ。客席の中からもアマテラスを崇めるため息が漏れた。自らを呼び戻してくれた神々の真心に、アマテラスは慈しむような眼差しで応える。その眼差しに母性のようなものを感じた時、佐渡の鼓童村で見た玉三郎さんとメンバーの練習のやりとりの光景と重なった。「鼓童村に通うようになって12年が経ちます。今回の『アマテラス』の舞台でセンターに立っているのは、その当時研修所を卒業した人ばかりです」と玉三郎さん。これらの若手メンバーたちは最初から玉三郎さんの指導を受け育った。

 

web-神秘稽古_1648

振り付けなどの案出しで和む、鼓童村稽古場の様子。

 

「玉三郎さんに声をかけられると、研修生たちが格段の進歩を遂げるんです。まず、若いメンバーたちの意識と心が高められる。」

2年前、佐渡を訪れた時、鼓童村の食堂で、当時代表だった青木孝夫さんが、そう話してくださった言葉が思い出された。鼓童結成30周年記念の機に、玉三郎さんを芸術監督に迎えることを発表し、新体制を整えつつある時期でもあった。「玉三郎さんは一人一人に丁寧に向き合い、個の可能性を引き出してくださるので、個が立ち、それが全体の力になっていく。30歳になった鼓童は、個の技量アップにより、もっと上を目指したい。若さでただひたむきに打てば伝わる太鼓もありますが、歌舞伎の囃子方のように、太鼓一つで雪も降らす、そういう表現の幅がある打ち手を育てたい。玉三郎さんが培ってこられたあらゆる芸術性をメンバーに吸収してもらい、太鼓芸術の新たな可能性を開く組織にしたい」と青木さんは続けた。その折、鼓童の研修所で篠笛を吹いていた、線の細い少年の面立ちの住吉佑太さんが、2年ぶりの2013年6月、同じ場所に、頼もしい太鼓打ち姿で現れた。メンバーたちがひとまわり大きくなり、個が立ってきたことが印象的だった。

「太鼓を打ち込むことが第一の目的で、深い大地に根ざした音を出し、同時に音楽的でなければならない。次に舞台人でなければならない。メンバーたちに自分のポジションがどこなのか自覚しなさいと言いました。舞台人ならただの太鼓打ちだけではすまない。テクニックがあり、専門的なことがわかる舞台人としての意識を持ち、どんな役でもできるようにならないと。僕自身、役者としても揚巻もお軽も(※)、御姫様から遊女まで演じなければならなかった。ファッションモデルならなんでも着こなせる。この人、この役の為に生まれてきたのかしらと思わせるようにならないと。その必要がないならそういうポジションを自分でみつけましょうと話しています。」

玉三郎さんは、メンバーに「こうしなさい」とは言わない。メンバーたちは、玉三郎さんの言葉や立ち居振る舞いに啓発されながら、舞台人としての在り方を自主的に高めていく。

(※)揚巻、お軽=歌舞伎の典型的な役どころ

 

アーカイブ

カテゴリー

Top