たらい舟は、日本の沿海で使われている船の中でも大変珍しい舟です。佐渡の小木半島では、岸にごく近いところに豊かな漁場が続いています。そのような場所でも操業できる舟として、たらい舟は今でも小木半島に残っています。
この本を書くきっかけとなった出来事は1999(平成11)年に起こりました。その年の8月、藤井孝一氏が亡くなったのです。佐渡郡羽茂町に住んでいた藤井氏は、最後のたらい舟職人でした。
この本の筆者である私は氏のただ一人の弟子です。氏が亡くなった後、私からの働きかけで財団法人鼓童文化財団は、たらい舟をつくることのできる職人が減少していることにどう対応するべきか、方法を模索し始めました。そして新潟県立歴史博物館と協力し、日本財団の助成金で、たらい舟を二艘つくる計画が生まれました。
このプロジェクトの目標は二つありました。一つは佐渡のたらい舟職人を育てること。もう一つは詳しいつくり方を書き留めることです。2002(平成14)年春、私と佐渡の大工・樋口隆氏は、長岡の新潟県立歴史博物館で一艘、そして小木町の強清水集落で一艘のたらい舟をつくりました。
この本の目的は、たらい舟製造の技術をできる限り完全な形で記録することです。たらい舟づくりの技術は文字で記録されることなく、常に師匠から弟子へ直接伝承されてきました。この本はその伝統を打ち破るものです。筆者と鼓童文化財団は、この本が新しい世代の職人を育てる一つの手段となることを願っています。
2003年5月 佐渡にて
ダグラス・ブルックス