近代経済システムの魔術に振り回され、刺激のための刺激を追い続け、社会の常識やしがらみに埋没している私たち大人たちは、世の中が声高に進化や変化を吹聴し、いくら希望や夢を唱えても、浄化される拠り所をなかなか見出すことができません。
現状を打破できると喜んでいたことでもそれは一時的な覚醒にすぎず、物事の本質は退化していたり、人間の内面的豊かさは何も変化していないことばかりです。人と情報が濁流のように渦巻く都会の中でそんな幻想や錯覚に振り回されていることに呆然とすることがあります。
そんな時ふと、1978年頃に出会った佐渡國鬼太鼓座の舞台の衝撃を思い出します。当時中心的存在だった林英哲氏らの太鼓演奏には言葉でいい表せない感動を受けました。私はこの出会いによってわけのわからないチカラに突き動かされ、佐渡に渡りました。私自身は実際に太鼓を打ち込んで、人々に感動をお届けすることはできないのですが、「この感動をたくさんの人々に伝えたい。」ただただその思いのまま、今があります。でもその衝動の根幹がいったいなんだったのか、実は腑に落ちないままでした。あれから30年近く、太鼓や芸能に携わらせて頂き、さまざまな出会いを重ねる中で、最近少しわかりかけてきたことがあります。
それは当たり前のことではあるのですが、太鼓がとても原始な楽器だということ。この世に生まれたばかりの赤ちゃんには、本能としてひたすら泣き叫んで伝達しようとする野生の心が宿っています。この赤ちゃんのように無垢な存在が太鼓と向き合い、ひたすらに伝達しようとする音(共振)によって、私たちは無条件に原始の記憶に回帰し浄化され、感動するのでしょう。少なくとも私自身はそうなのです。
雨・風とたたかい、道端に何気なく咲く花々に心が惹かれます。どんなに時代が変わろうとも、その花々は進化や変化などを必要としません。自然のままに、健気に生き、毎年色鮮やかな「こころの花」を咲かせます。
鼓童の役割は太鼓を中心とした芸能に携わり、絶えず根源へと回帰し、極めていきながら「人間の内面的価値の美しさ」を探求していくことなのです。
ひたすら無心に、健気に、打ち込んでいくことによって、人の心に野生を取り戻し、誰にも宿っていたはずの「原始」との邂逅の手助けをさせていただければと願っています。
鼓童代表 青木孝夫
